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【コラム】私の負の半生について

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自分の半生を振り返ると、

なかなか虐げられてきた人生だったと思う。




始まりは小学生だった。


私の親はかなり強気な性格で、私も小学校へ入る頃には

親に似て強気な少女になっていた。

それが入学早々隣の席になった男の子の

癪に触ったのか、ひどいいじめが始まった。

一番嫌だったのは、授業中に後ろの席から

シャーペンで背中を刺されることだった。

小学校5年生頃に私が転校するまで続くことになる。



中学〜専門学校の時には目立って酷いことはされなかったけれど、

学校社会の中でも、おブスに対する周りの評価は悪かった。




何年かして、それを上回る環境へと行き着く。

『仕事』だ。



私は決して効率がいい方ではないと思うけれど、

ちゃんと教えてもらえれば卒なくこなすくらいはできる。

ちゃんと教えてもらえれば。

まず、入職初日から教育担当にまともに仕事を教えてもらえなかった。

今流行りのモラハラ女だ。

それから最初は優しかった周りの人間も、

モラハラ女を中心にして、少しずつ態度が怖く暴力的になっていった。


中には味方になってくれた人もいる。

でも、自分が標的にされると困るので

最終的には関わらないようになっていく。小学生か。



簡単に軽く書こうと思っているのに、積年の恨み辛みたちは

私にキーボードをタッチさせたいみたいだ。

もしかしたら“いじめ”のテーマでブログ一つできるかもしれない。

しないけど。


今の社会もパワハラやモラハラで溢れている。

これは決してなくなりはしない。

なぜなら、小学校でいじめる事に慣れた子供がそのまま大人になるからだ。

いじめのエリートである。

残念なことに実際にそういう人間はいる。

いじめる側を罰するくらいに教育が変わらなければどうしようもない。

シャーペンで背中を刺すなんて、普通に考えれば傷害罪だ。

こんなことを書くといじめられる側も悪いと言う意見が来そうだけれど、

そんな無意味な反論はいらない。







人生で起こったイベントは、

なぜ嬉しかったことよりも悲しかったことの方がハッキリと覚えているのか。

悲しみの感情の方が長く、思い出しやすいからだと思う。


私は悪い意味で言えば、人が良さそうに見えるのだろう。

カモにされやすいと言うことだ。

街のアンケートで声を掛けられて、結果的に10万円の化粧品を

かったこともあるし、詐欺にあった事もある。

その経験から、今では怪しいものや危険なものを避ける能力が身についた。



私の中で残っている私を傷つけた言葉たちは、

今は幸せによってほとんど昇華されているけれど、

絶対に忘れない。


その言葉を口にした人の顔も一生忘れないだろう。









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